【火垂るの墓編】ジブリ映画に隠された知られざる都市伝説まとめ!巷で囁かれる噂を徹底検証!

火垂るの墓

「火垂るの墓」には原作者の深い思い入れのある作品です。そこには、一体どのような都市伝説があるのでしょうか。

さて、この作品にまつわる都市伝説を見ていきましょうか!

火垂るの墓について!原作者の深い思いとは?

「火垂るの墓」は、もともとは野坂昭如の書いた短編小説が原作となっています。

その内容は、作者の戦争中の体験を題材にしたものとなっており、舞台は戦争中の兵庫県神戸市、西宮市近郊で、戦火の中、親を亡くした14歳の兄・清太と4歳の妹・節子の物語で、戦中戦後の混乱の中、まるでホタルのようにはかなく消えていったこの2人の命が尽き果てるまでを、情緒豊かに描いています。

そしてこの作品の原作は、1968年に直木賞を受賞しており、翻訳版の「火垂るの墓」も世界各国で発行されています。最近では海外でも映画化され、高い評価を受けています。

火垂るの墓

引用:http://d.hatena.ne.jp/ei-gataro/touch/searchdiary?word=*%5B%A5%B8%A5%D6%A5%EA%5D&of=5

スタジオジブリ制作のこの「火垂るの墓」が劇場公開されたのは、1988年4月16日でした。

監督・脚本は宮崎駿ではなく高畑勲で、原作と同じく一番冒頭に清太の死が描かれ、幽霊になった清太の「僕は死んだ」というナレーションから始まってカットバックしていき、神戸大空襲から清太が死地となる駅構内へ赴くまで原作の構成をほぼ忠実になぞっています。

この「火垂るの墓」の原作は、作者である野坂昭如の実体験や情念が色濃く反映された作品で、なかば彼の自伝的な部分もふくまれています。

1945年6月5日の神戸大空襲により自宅を失い、家族が大火傷で亡くなったことや、焼け跡から食料を掘り出して西宮まで運んだこと、美しい蛍を見た思い出などは実際に作者が経験したことでした。

そして、作者自身もまた幼児期に生母と死別し、神戸で貿易商を営んでいた叔母夫婦の養子となりましたが、神戸大空襲で住んでいた家は全焼してしまったそうです。

当時14歳だった作者は1歳の義妹とともに西宮市満池谷町の親類宅に身を寄せたり、その近くの池に広がる谷間に10ヶ所ほどあった防空壕で過ごすなどの経験を実際にしています。

火垂るの墓

引用:http://akirakurosawa.info/2015/04/01/film-club-grave-of-the-fireflies-takahata-1988/

また戦中から戦後にかけて妹・恵子を実際に亡くしていましたが、西宮の親戚の家に滞在していた当時の作者は、その家の2歳年上の美しい娘に夢中で、まだ幼い妹だった恵子のことは、あまり気にかけることなく、淡い初恋をしていました。

作者は、恵子より先に亡くなった方の妹には、兄としてそれなりの愛情を注いでいましたが、当時家や家族を失い、まだ中学生だった自分が親代わりで面倒を見なくてはならなくなったその下の妹・恵子のことは疎ましく感じていたそうです。

例えば、泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたことや、西宮から福井に疎開した時もろくに食べ物も与えず、その結果やせ衰えて骨と皮だけになった妹は誰にも看取られることなく餓死します。

火垂るの墓

引用:https://www.tadamonkugaiitakute.com/18866.html

そういった作者のその時の後悔と妹への懺悔の気持ちからか、かつては自分もそうであった妹思いのよき兄・清太を主人公にして、妹・恵子への鎮魂の思いを込めて、この「火垂るの墓」を書き上げたといいます。

「火垂るの墓」の都市伝説:妹の節子は実は、「千と千尋の神隠しにも」少しだけ登場している!?

火垂るの墓

引用:http://kanzo.jp/archives/8209

この「火垂るの墓」で戦争中、亡くなってしまった可愛そうな役どころの妹の節子ですが、実はこの節子が同じスタジオジブリ作品の「千と千尋の神隠し」の中で登場しているという都市伝説があります。

それは、「千と千尋の神隠し」の劇中、終盤に差し掛かった頃の「水上の駅」のシーンにて、千尋が電車に乗るシーンで、「火垂るの墓」の節子が千尋の乗る電車を1人じっと見ている少女として登場しているそうなのです。

これは、清太より先に死んでしまった節子が、あとで戦争孤児として駅で1人亡くなった清太を、清太が亡くなった駅で待ち続けているという設定なのではないかといわれています。

一瞬で終わってしまうので、見逃してしまった人は是非、一度見てみてください。

顔ははっきりとわかりませんが、背丈や髪型からして節子ではないかという都市伝説があるのです。

「火垂るの墓」の都市伝説:節子と清太は実は幽霊だった!?2人は生前の悪夢を今も見続けている。

火垂るの墓

引用:http://ghibli-tosidensetu.com/%E3%80%90%E9%83%BD%E5%B8%82%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E3%80%91%E7%81%AB%E5%9E%82%E3%82%8B%E3%81%AE%E5%A2%93%E3%81%AF%E3%82%82%E3%81%86%E4%BA%8C%E5%BA%A6%E3%81%A8%E6%94%BE%E9%80%81%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA.html

「火垂るの墓」の清太と節子が実は幽霊だった都市伝説があります。

一番最初に、節子が食べていた古い缶に入ったドロップが急に新しくなるのは、幽霊になった節子のイメージ映像であり、駅で倒れて動けなくなった清太のところへ節子のさまよう幽霊が会いに行こうとすることを清太が止めるということは、清太自身ももうすでに死んでいるという意味だそうです。

また、劇中に画面が赤くなる瞬間があるのは、節子と清太が生前の記憶を何度も何度も見ているからだという風にもいわれています。

「火垂るの墓」の都市伝説:妹の節子の死因は、本当は栄養失調ではなかった!?

火垂るの墓

引用:https://twitter.com/rikkyosquash/status/701954283357368320

「火垂るの墓」の劇中、食べ物がない中飢えに苦しんだ節子が、栄養失調のため衰弱死したとされていますが、実は、もし栄養失調で節子が死亡したなら、節子より10歳も年上の兄である清太が、先に症状が出て普通なら、節子より先に動けなくなるそうなのです。

そのため、節子は実は栄養失調ではなく、別の病気なのではないかという都市伝説がささやかれているのです。

それがわかるのは、劇中節子が何度か目をこするしぐさをするシーンです。

これは何度か出てきたシーンなんですが、このシーンから判断すると、空襲で逃げている途中、軍需工場の出火が近くであり、その有害物質・化学物質を多く含んだ雨が節子の目に入ってしまい、そのとき、ろくに食べるものもなく、免疫力がなかった幼い節子の体に入っていき、その後の節子の下痢などの体調不良を引き起こしたと考えられるのです。

そして、栄養が十分にとれず、まともな治療も受けられないまま、節子の症状が悪化し死に至ったと考えられています。

「火垂るの墓」の都市伝説:当時5歳だった節子役の声優が、現在行方不明になっている!?

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引用:https://matome.naver.jp/odai/2147562520595650201/2147565513120858103

この「火垂るの墓」の映画の中で、当時節子役を演じた声優の白石綾乃は、当時5歳でした。節子と年齢が近いほうが視聴者も感情移入しやすいという考えで、この節子役に選ばれ、5歳とは思えない迫真の演技は、映画を通して多くの人に感動を与えました。

ところが現在白石綾乃は、行方不明になっているようで連絡が取れていないそうなのです。2012年に「火垂るの墓イベント」が開催され、声優を務めた人物に出演依頼の連絡をしたそうなのですが、連絡先が全く分からず実現しなかったそうです。

「火垂るの墓」の都市伝説最後に…

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引用:http://www.ringoku.com/archives/26843805.html

ここまで「火垂るの墓」の都市伝説をご紹介してきましたがいかがだったでしょうか?節子の死因が栄養失調ではなかったことは、空襲で清太の背中に背負われている節子が目をこするシーンから分かったものです。

そして、他のジブリ作品でも登場している節子は、今も駅で1人寂しく亡くなった清太をあの駅で亡くなった今なお待ち続けているという裏設定があったのかもしれませんね。

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