「わたしを離さないで」はカズオ・イシグロ氏の作品!ノーベル文学賞受賞したけどどんな人?

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「わたしを離さないで」は、カズオ・イシグロ氏が描いた作品で、TBSでのドラマ化が2016年にされています。

綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみなどの豪華俳優陣をメインキャストに迎え、すでに日本でも放送されています。

引用:http://www.tbs.co.jp/never-let-me-go/

この原作は、英国のベストセラー作家であるカズオ・イシグロが発表した衝撃作で、英国では既に100万部を超える大ヒット作品となっています。

そして先日、この原作者のカズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞を受け、カズオ・イシグロさんとは一体どんな経歴を持った人物なのか、その経歴の紹介から、「わたしを離さないで」を含む、カズオ・イシグロのおすすめ作品をここでは紹介していきます。

2017年のノーベル文学賞に今回選ばれた日系イギリス人作家のイシグロ・カズオさん62歳、彼のノーベル文学賞受賞はスウェーデン・アカデミーが2017年10月5日に発表したものです。

ノーベル文学賞の選考委員会は「イシグロさんの感情に訴える作品は、世界とつながっているという私たちの幻想に隠された闇をあらわにした」とイシグロさんを高く評価しており、イシグロさんはこれまで小説以外にも映画やテレビなどの脚本も多数手がけています。

カズオ・イシグロってどんな人?

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引用:https://www.cnn.co.jp/storage/2017/10/05/f04051bc2c7e2cfeaad743a5fcd3ea7d/kazuo-ishiguro-file-restricted-super-169.jpg

1954年に長崎で生まれたイシグロさんは5歳のときに海洋学者の父親がイギリス政府に招かれ、家族で渡英し、一貫して英語で創作活動を続けてきました。

1983年には国籍を取得し、それまでの石黒一雄という名前からカズオ・イシグロと名前が変わります。

鋭い感性と幻想的な雰囲気を融合させながら、人間の微細な感情を感性豊かに描き、これまでにも国際的な賞をいくつも受賞しているイシグロさん。

幼少期、日本の長崎で生まれ育った日々も、過去の薄れゆく記憶の中で、旺盛なその後のイシグロさんの創作活動の原動力となっているに違いありません。

イシグロさんご自身も「いつか日本に帰国するかもしれないとずっと思いながら生きてきました。英国に渡った当初は日本に対する記憶は強かった。

ところが20代になって「記憶としての日本」というのが私の中でどんどん薄くなっていく。今振り返ると、小説を書くことは私の中の日本を保存することだった。世界、空気の全てを」と、平成27年に来日したときのインタビューで、イシグロさんはこのように語っていました。

イシグロさんの著作のほとんどが邦訳されており、日本にも彼の愛読者は大変多く、それについてイシグロさんは「日本語に訳されるのは私にとっては特別。日本は単なる他の国ではない。もう一つの故郷なのです」と語っていたそうです。

日本の長崎に生まれて、5歳から英国で育ったというイシグロさんですが、ワシントン・ポストは「彼の感性は日本語でなければ英語でもない。いかなる文化からも超然としている」という編集者の言葉を紹介しています。

また、独文芸評論家デニス・シェックはDPA通信に「彼の作品は、日英両国だけでなく、さまざまな文学の橋渡し役となる」と称賛しています。

また、日本で既にテレビドラマ化されている「わたしを離さないで」は今から約12年前、すでに発表直後から海外では大きな話題となり、英国で100万部を越えるなど、この「わたしを離さないで」は、主に英語圏で大ベストセラーとなった大ヒット作品です。英国でもすでに映画化が日本より一足早くされていました。

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引用:http://video.foxjapan.com/library/watahana/

原作ではイギリスを舞台に描かれていますが、今回のドラマでは日本に置き換えて、カズオ・イシグロの世界観や透明感がドラマの中で見事に描かれています。

まずは今回、日本で既にテレビドラマ化されている「私を離さないで」の紹介をしていきます。この物語では、世間から隔離された施設「特別な使命を抱えながら生きる男女の姿が描かれています。

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ドラマ「わたしを離さないで」のあらすじ?(ネタバレ注意)

初版は、イギリスを舞台にした物語でしたが、日本で2016年にドラマ化された「わたしを離さないで」はどういったあらすじなのでしょうか?

20年前、山の中にある陽光学苑で生活していた主人公・恭子。この学苑では子どもたちが寄宿舎で生活を共にし、教育を受けていた。

ある時、恭子は同級生が男子たちからからかわれ、かんしゃくを起こしているところを見つける。女子のリーダー・坂井美和には「放っておけば?」と言われるが思わず駆け寄る恭子。友彦のかんしゃくは治まらず、恭子を突き飛ばして女子たちの顰蹙をかってしまう。

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引用:http://www.tbs.co.jp/never-let-me-go/

ある日、学苑に新しい教師・瀧子が赴任してくる。校長の神川の教育理念に魅かれて志望したという龍子だったが、子どもたちの教育を目の当たりにして何か違和感を覚える。そんな時、恭子たちは神川校長からある「大事なこと」を教えられる。

「あなたたちは生まれながらにして「使命」を持っているのです」と校長の神川は恭子たちに話すが、自分たちが背負った「特別な使命」について、突然聞かされた恭子たちは、それぞれ思い思いに事実を受け止め、幼いながらも運命を受け入れていた。

しかし、友彦だけはぼんやりと学苑を囲う塀を見つめ、外の世界に想いを巡らせている。
瀧子は、残酷な使命を背負った子どもたちを天使と表現し、洗脳とも言える説明をした恵美子に「偽善にもほどがある」と詰め寄るが、何も感じていない恵美子に辟易してしまう。

そんな中、年に一度の展示会が迫ってきた。陽光学苑の生徒たちにとっては販売会で使えるコインをもらえる重要な機会。美和たちは、マダムから作品を選んでもらおうと一生懸命創作活動に取り組んでいた。

一方、現代の恭子は、恭子からすべてを奪った女・美和と再会することになる。月日は流れ陽光学苑を卒業する年になった恭子たちは、次の生活の場・コテージに移ることになり。
コテージへは学苑から2、3人単位で行けるため、生徒たちはそれぞれ誰と行くかコテージの話題で学苑は持ちきりだった。

そんな中、サッカーをしている友彦の元に差し入れを持って行った恭子。そこでコテージの話題になり、どこにするのかと恭子が尋ねると「恭子の決めたところでいい」とこたえる友彦。恭子は戸惑いながらも喜びを覚えるのだった。

ある日、友彦から将来サッカーのプロチームを受けたいと告白される恭子は、友彦とともに希望を夢見ていた。すると突然龍子が現れ、「あなたたちは何者にもなれない」と聞かされる。

学苑を卒業し、「コテージ」と呼ばれる一軒家に生活の場を移した恭子、友彦、美和の3人。
自分たちと同じく「提供者」となる浩介や、あぐりら先輩住人たちと共同生活を送るなかで、陽光出身者には知らされていなかったある事実を知らされるが、そんな共同生活でうまく馴染むことができず、徐々に孤立していく恭子。

孤立していた恭子を支え、恭子の防波堤となっていた浩介。しかし穏やかな日々は長くは続かず、介護人になるため浩介はコテージをついに旅立ってしまい、恭子はまた一人で孤立してしまう。

ある日、自分の「ルーツ」かもしれない人を見たと、コテージの住人から聞いた美和。
悩む美和だったが、自分のもとになった人がどんな人物なのか会ってみたいという欲求を抑えきれず、意を決して恭子、友彦らと会いに行くことにする。

一方、かつて陽光学苑時代に恵美子から教わった「のぞみが崎」が、美和のルーツを探しに行った場所から近いことを知った友彦。
「そののぞみが崎には、海流の関係で色々なものが流れ着くため、なくしたものがあるかもしれない」という理由で名づけられたその海岸へ、自分たちが過去になくしたものもあるかもしれないと期待を膨らませる友彦は、恭子と美和に行ってみようと持ちかける。

そこで思わず友彦に好きだと言ってしまった恭子は、やってしまったと頭を抱えるが、美和の知らないところで友彦と秘密を共有することに内心では興奮を覚えていた。

一方、友彦は龍子からの手紙によって「陽光出身者で、ある条件を満たせば提供が始まるまで3年間自由に過ごせる「猶予」を得ることが出来る」という噂が本当で、それは絵を描くことでもらえるものだと確信し、恭子との猶予を獲得するため嫌いだった絵を描くことを決意する。

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引用:http://www.tbs.co.jp/never-let-me-go/

するとある日突然、真実が恭子のもとへやって来る。真美は「恭子の顔を見に来ただけ」と笑っていたが、真美の普段との様子の違いに恭子は不安を覚える。

さまざまな思いを抱えながらも、美和の介護人として働き続ける恭子。友彦から介護人のリクエストがきたことに気付きつつも、気持ちの整理がつかず、いまだ決めきれずにいた。

さまざまな思いを抱えながらも、美和の介護人として働き続ける恭子。友彦から介護人のリクエストがきたことに気付きつつも、気持ちの整理がつかず、いまだ決めきれずにいた。

そんな中、恭子は回復センターの職員から、美和の次の提供に際しての資料を受けとる。提供の告知は介護人の務めであるため、意を決して資料の中身を見ると、そこには「3種同時提供」の文字があった。

実質的に即時解体と同義であるその決定を前に恭子は必死に詰め寄るが、職員はもう決まったことだと取り合ってくれず、途方に暮れる恭子。

一方、美和は自分の最後の望みとして、友彦を連れて3人で陽光に行きたいと言い出す。

美和の希望で、陽光があった場所へ訪れた恭子、友彦、美和の3人。

しかし、そこには陽光の面影はなく、提供者を育てるための別の「ホーム」へと姿を変えていた。

友彦とサッカーをしたり昔話に花を咲かせていた恭子だったが、席を外していた美和の帰りが遅いため、建物の中まで探しに行くと、そこには縄跳びやゲームをしているにもかかわらず、異様に静かで生気がない子どもたちがいた。

介護人として働く傍ら、唯一の希望である「猶予」を目指して、恭子は恵美子の居場所を探し始める。

友彦の次の提供が決まる前にどうしても恵美子を探し出さなければと、焦る恭子。無事に合流した3人だったが、帰り際に昔の恭子と瓜二つな女の子の姿を発見する。

そんな陽光からの帰り道、3人で再会する機会を作ってくれたことに感謝する恭子と友彦に、美和は今まで自分が抱えていた思いを打ち明ける。ようやく一緒になることができた恭子と友彦。 やがてそんな苦労の甲斐もあって、恵美子が住んでいる所を突き止める。

お互いの愛を証明して猶予を勝ち取るために、友彦が描いた絵を持って恵美子のもとを訪れるが、唯一の希望であった猶予がないことがわかり、塞ぎこんでしまった友彦に3度目の通知が届く。

そんな中、恭子はばったりと龍子と再会する。落胆し、無気力となった友彦の様子を聞いた龍子は、サッカー観戦に友彦を連れ出そうと提案する。耐えられる提供者もいるがそうなると体の自由がきかなくなり、トイレも一人ではままならないという話を聞かされる友彦。友彦は自分の先の見えない運命に落胆しなかば自暴自棄となる。

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引用:http://www.tbs.co.jp/never-let-me-go/

恭子にふがいない姿をさらしたくない友彦は、自暴自棄になり、恭子に介護人をやめるよう頼む。動揺しながらも必死に説得する恭子だったが、ある日、友彦が倒れたと報告を受ける恭子。恭子は果たしてどのような行動に出るのか。

カズオ・イシグロのおすすめ作品

イシグロさんは、1982年に長編作「遠い山なみの光(原題:A Pale View of Hills)」で小説家デビューし、この時に初めてイギリス王立文学協会賞を受賞しました。

この「遠い山なみの光」とそれに続く「浮世の画家」は2作品とも、戦後の混乱期の日本を舞台に日本人の姿をつづったものです。

しかしその一方で、苦悩する老執事を主人公にした89年のブッカー賞受賞作「日の名残り」で描くのは伝統的な英国でした。

苛烈な運命を背負った男女の悲しみが迫るベストセラー「わたしを離さないで」は、人間の生のはかなさを伝えるような端正で抑制の効いた文章が印象に残るものとなっています。

この作品と、それに続く1986年の『浮き世の画家(原題:An Artist of the Floating World)』は、戦後の長崎を舞台にしており、1989年には、長編第3作『日の名残り(現代:The Remains of the Day)』を出版し、そこでは第2次世界大戦後のイギリスの田園地帯にある邸宅を舞台に物語が繰り広げられています。

この作品でイシグロさんは、イギリス最高の文学賞であるブッカー賞を受賞しました。そして、1993年には同作が、アンソニー・ホプキンス主演で映画化もされています。

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カズオ・イシグロのまとめ

Author Kazuo Ishiguro is pictured during an interview with Reuters in New York in this April 20, 2005 file photo. The sweeping archives of award-winning novelist Ishiguro will be heading to a University of Texas research library, including a discarded opening chapter for his best-known book "The Remains of the Day," the university said. REUTERS/Mike Segar/Files

引用:http://toyokeizai.net/articles/-/191939

まずは今回、日本で既にテレビドラマ化されている「私を離さないで」の紹介をしていきます。この物語では、世間から隔離された施設「特別な使命を抱えながら生きる男女の姿が描かれています。

イシグロさんはノートにストーリーのアイデアのようなものを、2~3行で書き留めることがあるそうです。

そしてそのなかに、ほかのものとくらべて際立って力強いアイデアがあったりすると、ほんの数行のなかから、大きな世界、大きな感情が飛び出してくるのがわかるというのです。

それがなぜなのかはわかりませんが、ストーリーというものには、そういう得体のしれない力があるのだとイシグロさんは言います。

イシグロさんは小説を書く際に、まず主題となるべき「感情」を決めて、それを的確に表現するために、物語をいったいどんな場所や時代に設定したらよいかを考えます。

例えば先ほどご紹介した「わたしを離さないで」では、「自分の生の時間が限られている」という感覚と「世界は可能性に満ちている」という2つの思いが同時に心のなかで起こったとしたらどうなるだろうという問いがイシグロさんの中に当時あったそうです。

そして、その問いを展開するにふさわしい時代や場所を、いわばロケハンをするように探すそうなのですが、それがうまくいかず、2度も途中で挫折し、結局、近未来を舞台に、主人公をクローン人間とすることで書き上げることができたといいます。

村上春樹とカズオ・イシグロとの関係

イシグロさんは現代作家で好きな作家はたくさんいる中で、村上春樹さんがもっとも興味ある作家の一人だとあるインタビューで語っていました。

とても興味があり、村上さんのことを国を超えた作家だと話すイシグロさん。現時点で、村上春樹さんは現代文学の中で非常に関心を引く何かを象徴しているそうです。

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引用:http://toyokeizai.net/articles/-/140646

イシグロさんは以前来日された際にや、イシグロさんが住むイギリスでも会うそうです。イシグロさんと村上さんは親しい間柄のようで、もっぱらジャズの話題が多いのだそう。

イシグロさん曰く、作家同士が会うと、文学というような大それたテーマについて話すことはあまりないといいます。それほど親しくなく、程よい距離間で仲の良い関係を続けるお2人は、一度、東京で昼食を一緒にしたことがあるそうです。

それは、最初にイシグロさんが村上春樹さんに会った時以来、ロンドンで2、3回会っているそうです。

それ以外にも本の出版パーティーや晩餐会もあり、そういう時もあまり大きなテーマについてはあまり話さず、サッカーや他のスポーツについて話したりするそうです。

作家同士はお互いに人間として関わりたいと思っているとイシグロさんはいいます。

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イシグロさんが、作家として最も伝えたいこととは?

小説の主題となっている「感情」が適切に伝わることが、イシグロさんにとっては最も大事なことで、小説を人生を通してやりたい理由は、時代や空間を超えて伝わる「感情」を描き出すことなのだそうです。

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引用:http://kaigai-matome.net/archives/35588771.html

それは、いつの時代も普遍的で、変わることのない感情といえます。そういった普遍的な人間のいつの世も変わらない感情や想いを描きたいとイシグロさんはいいます。

今後も、イシグロさんが時代を超えて読み継がれる作品を多数輩出してくれるのが楽しみですね。

それではこちらでカズオ・イシグロさんの紹介は終了させていただきます。

お目通しありがとうございました。

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